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ご無沙汰しておりました。ブログオクムラ復活します。

たいへんご無沙汰しておりました。奥村です。
去年の11月頃にこのパソコンがウイルスに感染してしまい、それ以来パソコンに向かうことが億劫になって、ブログの更新をすっかりサボっておりました。
見に来て下さっていた皆さんごめんなさい。

2009年の春がやってきました。
私は5月生まれなので、春が大好き。暖かくなってカラダもよく動くし、空は明るくて光がきれいだし、別になんにもなくても春というだけでわくわくしちゃいます。
しばらくすると、すぐに蒸し暑くなって厳しい夏がやってきます。夏から思えば、春のこの季節は日本全体がエアコンにすっぽり覆われた状態。
バイクにもモータースポーツにも最高の季節です。

さて、鈴鹿サーキットでは、大規模な改修工事が終了して、真新しいサーキットで「スタートスズカオープニングサンクスディ」が開催されました。
春に誘われた大勢のお客さんが、いろいろなイベントを楽しんでいました。

この鈴鹿市に本田宗一郎さんがサーキットを作られたのは、今から47年前だそうです。この長い歴史の中で大勢のレーサーがこの鈴鹿で戦い、勝っては笑い、負けては泣き、栄光をつかんだレーサーがいて、そしてこの鈴鹿で散っていったたくさんの命があります。レーサーだけではなく、チームクルーやオフィシャル、スポンサー・・・、そしてお客さんのそれこそ数え切れないほどの感動と思い出の地、それがこの鈴鹿なんですね。生まれ変わった鈴鹿サーキットを眺めながら、自分を育ててくれた鈴鹿であり、鈴鹿に本気で挑戦してきた自分を誇りに思いました。

まさにグランプリサーキットの様相のグランドスタンド。きれいです。


こちらはパドック側。ピットの裏手です。段差がなくなってすっきりです。

昨年末に立ち寄ってみたときの改修工事の様子。
たいへんな変わりようですね。パドック西側にあった池もなくなって、パドックが約100m最終コーナー側に広がったそうです。

左の高い塔はデンソータワー

新たにピット上に設けられたホスピタリティブースでは、「日本のモータースポーツを造ってきた人達の集い」が行なわれました。光栄なことに私もそのひとりとして声を掛けていただき出席いたしました。まさに日本のモータースポーツの創世記を支えてきて下さった大先輩の方々が大勢集まり、私は48歳にしてほとんど最年少状態です。
我らが大先輩の高橋国光さん。
私は二輪時代のクニさんをリアルでは見たことがありませんが、私は1970年代に鈴鹿サーキットのコースマーシャルをやっていましたから、日本のトップフォーミュラ「F2000」に乗られていた頃は、コースサイドで応援していました。
クニさんのネームプレートが「ドライバー」じゃなくって、「ライダー」ってとこがうれしいですね~。

そして、ガンさんこと、黒沢元治さん。
今から30年ほど前、私がコースマーシャルをやってる時の話です。
私はお兄ちゃんとふたりで、S字コーナーの入り口、6番ポストでコースマーシャルをやっていました。
雨がひどくて最悪のコンディションの中、このガンさんと星野一義さんが接触。ガンさんはモノコックに足首を挟まれて脱出できない状態。
私は恐々近くにいたカメラマンさんとガンさんをマシンから引きずり出したことがありました。
それをこの場でお話しすると、ガンさんもよく覚えていて足首の傷を見せてくれました。
ちなみにそのクラッシュで吹っ飛んだガンさんの左フロントタイヤはそのまま行方不明。
たぶん第4パドックに埋まっています。
お会いできて光栄でした。

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