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16年前にタイムスリップ

1992年7月26日。
この日は私にとってそれまでに味わったことのないくらいに長く熱い1日でした。

92年の鈴鹿8耐。
「ミスタードーナツオクムラホンダ」のフレディ・スペンサー/鶴田竜二組のRVF750は、決勝レース中、2度の転倒でライダー、マシン共に満身創痍の状態ながら8時間を走り切り、4位でレースを終えました。
16年前、私はチームオーナーとして、チーム監督として、この8耐を「やり切る」ことに夢中になっていました。
必死になって資金と物を集め、ワールドチャンピオンのフレディ・スペンサーに「8耐本気で走る」約束を取りつけ、何が何でもこの仕事を成功させようと全力で動き回っていました。
その時、私は32歳。フレディ・スペンサーは31歳。鶴田竜二は26歳でした。

それから16年の年月が経過して、それぞれがそれぞれの立場でオートバイに関わりながら日々を過ごし、歳を重ねずいぶん大人になって、また夏の鈴鹿で再会することができたのです。
ホンダコレクションホールのスタッフの方が、「ミスタードーナツカラー」のRVF750を当時と全く見分けのつかないほどに仕上げて下さり、モビリティランド(鈴鹿サーキット)さんがフレディ・スペンサーを今年の8耐のゲストとして招き、私もゲストとして呼んで下さったことから16年振りの鈴鹿での再会が実現したというわけです。

久し振りに会ったフレディはずいぶんふっくらしていましたが、16年振りのRVF750のライディングを心から楽しんでいました。
直線ではレブリミットいっぱいまでエンジンを回して、懐かしいV4エンジンのサウンドをサーキットに轟かしていました。
彼はマシンを降りると「このマシンが今まで乗った中で一番ニュートラルで乗りやすい」とうれしそうに話しながらもRVFのハンドリングやマシンのコンディションを熱心に話す姿が印象的でした。

エンジン始動は「元監督」のお仕事とさせていただきました。
このV4のサウンドって「8耐」の音なんですよね。私たちの世代には。
このユニフォーム(シャツ)は16年前の当時のものです。レトロでしょ?

2ラップのみのランで、フレディは少々物足りなさそうでした。
RVF750のハンドリングがとても気に入っているようで、「現行のCBR1000RRよりいいかもしれない。」マジで彼のコメントです。
コース上でのインタビューの間、ウチの娘、琴がキャンギャル代理状態。
フ:「お前の娘だろ?おっきくなったなぁ。」
お:「あの8耐の年に生まれたんだよ。今、16歳」
フ:「そっか~!ウチの娘は9歳だよ。ポケモンが大好きでさぁ~。昨日、ポケモンのおみやげ買いに行ったんだよ。」
末っ子:「へぇ~まだ、ポケモンなの?おれのカードあげよっか」
娘:「あたし、こんなとこにいていいのかなぁ・・・」
日米親バカ丸出しでございました。


夜は「8耐前夜祭」でのトークショー。

それにしても昼、夜とあちこちのイベント会場でトークショーやサイン会、デモランと大忙し。
あの酷暑の中でも嫌な顔ひとつせずにほんとによくファンサービスをしていました。
フレディ・スペンサーに憧れてバイク乗りになった人が日本には大勢いることを彼はよく理解していて、その人たちの気持ちを本当に大切にしています。

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